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CULTURE
じげん沖縄が伝えるQOL

じげん沖縄流 QOL | 沖縄へ移住したエンジニアのリアルライフ

07.20.2020

じげん沖縄オフィスで「アルバイトEX」や「スモッカ 」にエンジニアとして参画する松嶋。幼少期にゲームプログラムに魅了され、1996年にゲームプログラマーになる。2007年にWeb開発者へ転向。2010年クーポンサイトを開発する大手IT企業で開発マネージャーを務める。2018年中途でじげんに入社し、沖縄へ移住。東京にいたときと変わらずキャリアアップを志しながら「人生の質」も高めていく、じげん沖縄流 QOL(クオリティ・オブ・ライフ)を実践する日常を聞いた。

ものづくりの面白さに出会った幼少期 原体験が生んだ夢

ファーストキャリアのゲームプログラマーを目指したキッカケを教えてください。

エンジニアだった父が買ったPCで、プログラム言語が書かれた雑誌を真似てゲームを作ったことがきっかけです。打ち込んだ文字が実行されて動く世界観に魅了され、小学校6年生の卒業文集に「将来の夢はゲームを作ること」と書きました。

高校卒業後も趣味でゲームプログラムを続けていましたが、20歳の時に「プロになろう」と決意し、専門学校へ進学しました。3年間、ビジネスアプリケーションやゲームプログラムなどを学びました。学校の授業だけでは物足りず、実践技術を磨きたいと考え、2年生の時にゲーム開発会社に自作したゲームのデモを持ち込み、アルバイトとして入社しました。

入社初日から寝袋を買いに行くほど、ハードな環境で非常に密度が濃い日々でした。凄腕のプロのエンジニアと肩を並べ、実践的な段階に育ててもらえる環境は刺激的でした。
22歳のとき、著名な野球ゲームのPC版開発者としてゲームのエンドロール画面に名前が載り、小学生の頃の夢を叶えることが出来た経験は、非常に高揚しましたね。

自身のキャリアを見直すために日本一周の旅へ

業界的にも影響力のあるフィールドで、ゲームプログラマーとしてのキャリアアップも考えられたと思いますが、転機はどんなものだったのでしょうか。

25歳のとき、いちど開発者のキャリアを離れました。当時務めていた会社で、サブシステムの一部を作る仕事に従事していましたが、使っているユーザーの顔が見えず、誰をどう喜ばせるのか想像できませんでした。

ものづくりは相手ありきです。相手があって自分が作るものが生きます。仕事に貢献している実感が沸かず、次第にやりがいを感じられなくなったことがあり、退職を決意しました。

日本1周をしていた松嶋

転職を考えることもできたと思いますが…。

人生そのものに迷っていました。「とにかく開発の仕事から離れたい」と思っていました。

「何かのインスピレーションになればいいな」と、バイクで日本一周の旅に出ました。沖縄には、その時に立ち寄ったんです。
旅のつきもので様々なトラブルもありましたが、全国津々浦々で普段見れない美しい景色、美味しい食事、温泉を堪能しました。
仕事から切り離された環境で色んなものを見て、感じることで自分を取り戻すことができました。

旅を終えてからも、ハードな環境にすぐに戻りたいとは思えませんでした。自動車工場で期間工の仕事をしながら生計を立てながら、趣味の範囲でプログラムを作ったりしていました。

開発者に戻ったきっかけは何だったのでしょうか。

「もう一度、人の役に立つ実感がほしい」と感じたからです。数年間、自宅にこもる生活を送る中でふと、社会の歯車になっていない自分を虚しく感じました。一念発起し、32歳でバーコードを開発する会社で社会復帰し、Webエンジニアに転向しました。ユーザーの顔が見えるWeb開発の面白さを通じて、仕事の喜びを取り戻しました。以降、Web開発一本です。

「働きたい会社が沖縄にある」 だから移住した

じげんに入社したきっかけを教えてください

すでにじげんで働いていた友人に「沖縄にオフィスを作ったので一緒に働かないか」と誘われたことがキッカケです。32歳のときゲームプログラマーからWebエンジニアへ転向し、当時はクーポンサイトを開発する会社でマネージャーを務めていました。「数値管理が徹底している。マーケティングやWEBの企画がとてもためになる」。熱弁をふるう友人に惹きこまれました。

前職は僕個人の影響が大きく、独りよがりのシステムになっていたため、じげんのように規模が大きい会社で、集合知で構築されたサービスの開発に関わりたいと思いました。

もともと人混みや喧騒が苦手だったことや、都会から離れて沖縄で働いてみたい、というのも大きかったですね。開発ユニット長も沖縄オフィスで勤務しており、安心感もありました。付き合っていた彼女に「沖縄に行かないか」とプロポーズし、43歳で移住、転職、結婚を決断しました。沖縄に来て、毎日が幸せです。

オーナーシップを持ったエンジニアは強い

じげんのエンジニアには、どんなことが求められますか。

ひとつは、事業の数字を理解する視座を持つことです。事業の深い部分まで関わるために、私自身エンジニアとしても100個ほどある指標の理解に努めています。

2つ目は、事業のバックオフィス的なエンジニアで終わらずに、自社サービスの全体像を見渡し、オーナーシップを発揮することだと思います。私が所属する開発ユニットは、複数事業をプールした横断的な部署です。人材が流動化し分業の効率化が図れる一方で、サービスに主体的に関わっている感覚が薄れることもあります。

降りてきたタスクを機械的にこなすだけでなく、何のためのプロジェクト(施策)か主目的を理解し、課題に対して当事者意識を持つ開発姿勢が求められると思います。それは、エンジニアのモチベーション維持にも繋がるはずです。

事業を推進するエンジニアリングとは何か

今、注力していることを教えてください。

データ基盤の構築です。じげんはアグリゲーションモデルのため、他社からデータを集めて表示しています。基盤を構築すれば、今まで計測できなかったことが分析できるようになり、施策の精度も上がります。事業の推進に寄与できます。

GCPやAWSなどのクラウド機能を駆使し、自前ではなく色んなサービス群を活用して開発するマネージドサービスの流れが来ています。じげんはクラウド移行が終わったため、開発期間の短縮やコストとの兼ね合いを、チームで検討しています。

仕事でこだわっていることはありますか。

属人的ではなく、仲間とシェアできる仕事の仕方にこだわっています。
ファイル・クラス・メソッド・変数などの名前が見てわかりやすく中身と名前が一致するように命名したり、コメントを細やかに入れておくなどしています。
「なぜそうしたのか?」と模索する時間は意外と多いものです。
次の人にバトンが渡ったときにミスリードをさせない、仲間と円滑なコミュニケーションが生まれる工夫をしています。

私自身が、1ヶ月ほど手を離れた状態が続くと綺麗さっぱり忘れているので(笑)、見返したときの備忘録としても役立っていますね。 

グロースゴール(自己成長)は、ナレッジ共有で実現

「イノベーション・タイム」という取り組みがあるそうですね。

はい、新しい技術を用いてサービスの仮説を立て、フィジビリティ(実現可能性)を研究する取り組みです。私のチームは技術と知識を持ち寄り、ユーザビリティがより優れたアプリケーションの実装を試みています。

プロジェクト成功のための手段や成果を考える「パフォーマンスゴール」とは別に、自分自身をどう成長させるかの「グロースゴール」に注力しています。フットワークが軽く、外部で得た知見を共有してくれる優秀な若手エンジニアもいます。ナレッジ共有は新しいサービスを生み出す源であり、エンジニアスキルも広がるため、ありがたい環境です。

実現したいことがあり、達成するために皆で必死に考える。この過程の先に、新たなブレイクスルーが起こると思います。現状に満足せず、より高みを目指したいですね。

沖縄は天国 全てをかなぐり捨ててでも来る価値がある

移住転職でどんな変化がありましたか。

1番は通勤ですね。関東では片道1時間半ほどかけて満員電車で通勤していましたが、今は片道20分、完全プライベートの車通勤です。人混みから離れ、好きなラジオや音楽を聞きながらストレスフリーで出社し、仕事のパフォーマンスも上がっています。

ゴルフ環境も充実しています。朝30〜40分ほど打ちっぱなしで汗をかき、出勤することもあります。ショートコースも綺麗で、値段も安いです。ゴルフ好きには絶好の環境だと思います。最高です。

沖縄を楽しんでいらっしゃる様子がうかがえますね

沖縄に生まれたかった、と思うほど暮らしやすいです。求めているもの全てがありました。綺麗な海、青い鳥、亜熱帯植物、気候、温かい人々、子育てしやすい環境。オンリーワンの魅力が詰まった土地です。

個人的には最近、「ヤギ汁」にはまっています。新オフィスの徒歩圏内で食べることができます。癖が強いヤギ特有の臭みを、フーチバー(よもぎ)で緩和して食べるのですが、パンチが効いた組み合わせが病みつきになります。沖縄はローカルパワーフードがたくさんあり、食文化も楽しめます。

沖縄オフィスのメンバーはどんな人たちですか

その分野のプロフェッショナルが多く、スキルが高いのでとても刺激になります。どんな人と働くか、は大きいと思います。みんな人柄がよく、沖縄独特のおおらかさもあり、毎日とても楽しく働けています。移住前は、うちなータイム(沖縄特有の時間感覚)があると聞いていましたが、みんなきちんとしています(笑)

沖縄オフィスのメンバー
松嶋が推す「ヤギ汁」

移住転職を考えている方にメッセージをお願いします。

新しい働き方を求めている人は、一度飛び込んでみてください。
沖縄に来る決断ができる人は、技術的にも自信がある人だと思います。人生一度きり。
楽しみましょう!


株式会社じげん 開発Unit プロダクトグロースチーム
松嶋

1997年 ゲーム会社にアルバイトとして入社。
ゲームプログラマーとしてキャリアをスタートさせる。
2007年 web開発 エンジニアへ転向。
2010年 クーポンサイト運営会社に入社。
2018年 じげんにエンジニアとして入社。

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